「退職した従業員から未払い残業代の請求をされた!」
「先日解雇した従業員から『不当解雇だ』と内容証明が送られてきた!」
辞めた従業員から突然このような請求をされてしまうケースが増えています。実はこのようなケースは他人事ではなく、いつ起こってもおかしくないというのが現状です。 最近は労働審判制度を利用して、解雇や未払い賃金などについての申立てをするケースが多くみられます。
会社がいつこのような申立てを受けてもゆとりを持って対応できるように、労働審判の流れや和解金の相場、予防策などについて理解しておきましょう。
目次
1.労働審判とは
これまで労働者と会社の間でトラブルが起きた際には、裁判による解決がなされてきました。
しかし、近年労働者意識が向上してきたこともあり労使間トラブルが増加していることを受け、それらの問題を迅速かつ柔軟性に解決する必要が出てきたため、2006年に「労働審判制度」が設けられました。
【対象となるのは労働紛争】
労働審判の対象となるのは、残業代未払い、解雇や退職勧告などの労使間のトラブルに限定されています。そのため、手続きが複雑にならずに済むため、スピーディーに進めることができます。
【3回の審理で終了する】
裁判は長期化することが多く、結審するまでに長い期間がかかります。しかし、労働審判は原則的に申立てから3回以内の審理で終了することになるため、迅速に終了させることができます。
【個人VS会社が基本】
労働審判は、個人が会社に対して申し立てるもので、労働組合などの団体が申し立てることはできません。また、ハラスメントを受けたとして加害者個人に申し立てることもできません。
【公務員は適用外】
公務員は民間の労働者とは立場が異なります。公務員と国や自治体との紛争は民事に関するトラブルにあてはまらないため、労働審判の対象からは外れます。
2.労働審判の流れを分かりやすく
経営者としては、労働審判がいつ申し立てられるのか分からないものです。いつ申し立てを受けてもあらかじめ流れをつかんでおけば慌てずに対処することができます。 労働審判がどのような流れで進められていくのか、時系列に沿ってご説明していきます。
- 労働者からの申立て
労働者が申立書と証拠となる書類を裁判所に提出します。これを受け裁判所は、労働審判官、労働審判員を指名し「労働審判委員会」を結成します。 - 呼出状が送付される
原則的に申立て日より40日以内に第1回目の労働審判日が指定されます。 - 準備・代理人選出
呼出状が届いたら、速やかに弁護士に相談し、代理人を選任します。そして同封されていた申立書や証拠書類を確認します。 - 答弁書の作成
指定された期日までに答弁書を提出しなければなりません。会社としての主張や証拠書類を全て第1回目の労働審判日までに提出することになっていますので、代理人と綿密な打ち合わせを行い、会社としての言い分をもれなく記載する必要があります。 - 審理
労働審判は原則的に3回の審理で終了します。
<第1回期日>
争点や証拠の整理、関係者への証拠調べなどが行われます。調停による解決も試みられ、成立すれば手続き終了になり、不成立であれば第2回目が行われます。
<第2回期日>
第1回での検討課題について検討したり、調停に向けての手続きが行われます。調停が成立すれば手続き終了になり、不成立であれば第3回目が行われます。
<第3回期日>
調停が成立すれば手続き終了となりますが、不成立の場合は労働審判委員会より「審判」が下されます。
- 調停の成立または審判告知
労働審判では調停が成立することが多いですが、不成立になった場合は労働審判の手続きの終了が告げられ、審判が告知されます。 - 審判に対する異議申立て
労働者または会社の当事者は、告知された労働審判に不服がある場合、告知の日(または審判書を受け取った日)から2週間以内に異議申立てをすることができます。異議申立てをすると労働審判は効力を失うことになり、同時に裁判所に訴えが提起されたものとみなされます。
3.もし労働審判となったら・・解決金の相場はいくら?
労働審判は調停で解決することが多く、その際に会社から労働者へ和解金(解決金)が支払われることが多いですが、会社としては和解金はできるだけ少ない金額に抑えたいところです。
また、和解金の相場があらかじめ分かっていれば会社としてもある程度の予測を付けることができます。しかし、実は労働審判の和解金には「このようなケースでは○○円」といった基準がないため、相場というものがありません。
これでは会社としては金額の予測がつかないため、あまりにもリスクが高すぎるといえます。そこで、できるだけ会社にとって有利な金額で調停に持ち込めるように、解決金が決定される考え方を3つご説明していきます。
【月給の○ヶ月分という考え方】
労働審判の調停の場では「和解金は月給の○ヶ月分くらいでいかがでしょう?」という提案がなされることがあります。「○ヶ月分」は諸々の状況を判断した結果提案されるものですが、これは相場というよりも「労働審判委員会の判断」と言った方が適切かもしれません。
【解雇期間中の給料分という考え方】
不当解雇について争われている労働審判では、解雇から調停成立までの期間の給料が解決金の相場となることがあります。不当解雇が無効になると、会社としてはその期間中の給料を支払う必要があるだけでなく、復職させる必要があるためです。
【責任割合という考え方】
例えば労働者から要求された和解金が100万円であった場合、労働者側にも3割程の責任があると判断されると会社の責任分は7割となります。よって100万円×70%=70万円となり、「70万円を解決金とする」という結論になります。
4. 判例で分かるモデルケース!
労働裁判の相場ははっきりと決められているわけではありませんが、これまでに行われた労働審判の判例から、どのようなケースでどの位の金額の和解金が支払われたのかを確認することはできます。
ここでは、2つのモデルケースを用いて労働審判の内容や和解金について見ていきましょう。
【ケース1:解雇の無効と未払い残業代約600万円の請求があった場合】
<経緯>
X社は経営悪化のためにやむなく人員削減に踏み込むことにしました。
成績が芳しくない従業員を解雇することを決定し、法律で定められた予告期間を設けた上で解雇しましたが、程なくしてこの従業員から「解雇の無効と未払い残業代など合計で約600万円の支払い」を求めた労働審判を申立てられました。
<結果>
解雇した従業員からの申立てを受け、会社は解雇に至った経緯や法律上問題なく解雇手続きを踏んだことなどを強く主張し証拠書類ももれなく揃えました。また、この会社では残業代は基本給とは別に定額制で残業代を支払っていることを説明し、残業代については問題ない旨を主張しました。
その結果、解雇は不当解雇に該当せず、残業代は別途手当として支払われていたことが認められて、第2回期日で「和解金150万円を支払う」という調停が成立しました。
【ケース2:管理監督者から未払い残業代800万円の請求があった場合】
<経緯>
Y社は6店舗の飲食店を経営する飲食業の会社です。
先日、その中の1店舗の店長であったA氏が退職し、しばらくの後にY社に対して「未払い残業代800万円」を請求する内容証明を送付してきました。Y社は、「支払い義務なし」と判断しそのように対応していたところ、労働審判の申立てを受けてしまいました。
申立書を確認すると、未払い残業代800万円の他にも、付加金として800万円の支払いをも求める内容となっていました。
<結果>
弁護士に相談し、A氏が支店長であった時のタイムカードなどの書類を再確認するとともに、職務内容や能力について他の従業員などの証言をとりました。その証言によると、A氏はタイムカードを一度にまとめて手書きで記入していた可能性が高いことが判明しました。
そこで、「A氏は店長という管理監督者にあたるため、残業代は役職手当などで支払っていた」ことと、「A氏が主張している時間外労働がそもそも存在していない」ことを記載した答弁書を作成し、証拠書類と共に裁判所に提出しました。
その結果、残業代が役職手当で支払われていたことについては認められませんでしたが、タイムカードなどの証拠によって時間外労働が存在していなかったという主張は認められ、和解金は大幅に減額された200万円となりました。
5.今後労働審判にならないためにする対策
日本における労働法は「労働者保護」を基本としているため、労働者に有利な内容となっています。そのため、経営者にとっては事前対策や労働審判が申立てられた際に迅速に対応できるような体制を整えておくことが求められます。
今後労働審判を申立てられないようにするために、会社として取り組んでおくべきことについてご説明します。
5-1.労働関係の法令を理解しておく
労働審判では、解雇や未払い賃金が問題となって申立てされるケースが多く見られます。解雇方法や賃金の支払いについて、労働法に違反していないか再度確認してみましょう。労働者を解雇する際は、法律に則って解雇予告を行い手順を守ることが大事です。
また、解雇禁止事項に該当していないか、解雇に正当な理由があるかなど、後にトラブルになった場合でもきちんと対応できるよう法律に則った方法で行わなければなりません。
さらに、残業代の支払いは適切に行われているかも確認しておきましょう。1日に8時間または1週間に40時間以上労働した場合は、超えた時間数の分は割増賃金を支払うことが法律で定められています。
同様に、深夜労働、休日労働などについても確認しておきましょう。
5-2.就業規則を見直す
労働法と同じくらいに就業規則も重要なものです。就業規則に法律違反している箇所はないか、また就業規則通りに労務管理がなされているか再度確認することによって、労働審判を申立てられるリスクを減らすことができます。
また、職場環境なども定期的にチェックし、労働者の勤務状態などを把握しておくことも大切です。
6.まとめ
労働審判は、労働者から一方的にされる申立てであるため、会社としては申立てを受けてしまったら対応していくしかありません。そして多くの場合、労働審判の結末は和解金の支払いで調停成立となります。
会社にとってはリスクの大きなものですが、もし申立てを受けてしまった際は、会社としての主張を明確に示し、証拠書類をもれなく用意することが重要です。そして、今後労働審判の申立てを受けないように、もう一度労働法関連の確認や就業規則の見直しをしておきましょう。
労務管理が適正に行われているか、また従業員の労働環境が良好に保たれているかなど、定期的にチェックすることが大切です。