起業して事業が軌道に乗ってくると、従業員を雇うことを検討する経営者は多いと思います。自分の力で作り上げてきた企業に従業員を雇い入れることに成長と喜びを感じる一方、人を雇うことにかかる費用について不安を感じてしまうのも事実です。
ここでは、実際に正社員を雇った場合にかかるコストがどの位になるのか、またコスト削減のためのコツや従業員を採用する際の注意点などについてご説明していきます。さらに、具体的な金額を知りたいという方もいらっしゃると思いますので、月収30万円の正社員を雇った場合のコストについてもまとめてみました。
目次
1.月収30万円の正社員を雇う費用はいくらかかるか検証
月収30万円の正社員を雇う場合、事業者の毎月のコストは30万円というわけにはいきません。社会保険としての健康保険料や厚生年金保険料、労働保険としての労災保険料や雇用保険料、さらに交通費などの福利厚生費なども負担することになります。
では、事業者は実際にどの位負担することになるのか、それぞれの保険や費用について詳しく見ていきましょう。
1−1. 社会保険はいくらかかる!?
社会保険料には、健康保険料、厚生年金保険料があります。これらの保険料は、従業員に支給する報酬によって事業者の負担が決まります。
【健康保険料】
健康保険料は都道府県ごとに決められており、事業者と従業員が折半して負担します。健康保険料は、「標準報酬月額表」をもとに「標準報酬月額」を決定し、それにあてはまる保険料を負担することになります。 また、40歳以上の場合は介護保険料も負担することになるため、保険料率が異なりますので注意しましょう。
では、具体的にどの位負担するのかというと、例えば東京都で月収30万円の従業員(35歳)の場合は、標準報酬月額30万円に該当し、保険料は全額で29,730万円となります。それを事業者・従業員それぞれが折半して14,865万円ずつ負担することになります。
【厚生年金保険料】
厚生年金保険料は、都道府県によって差がなく、厚生年金保険料額表をもとに計算します。
上の例でいうと、標準報酬月額が30万円なので、厚生年金保険料は全額で54,900円となり、事業者・従業員それぞれが27,450円ずつ負担することになります。 健康保険料・厚生年金保険料は、月ごとの給与のみでなく賞与を支給する際にも負担することになります。
1−2.労働保険の費用はいくら?
労働保険には、労災保険と雇用保険があります。
【労災保険】
労災保険は、従業員を1人でも雇う場合には加入する必要があります。社会保険料は事業者・労働者の両方が負担する労使折半でしたが、労災保険は全額を事業者が負担します。
労災保険の保険料率は89/1,000~2.5/1,000まで細かく分けられており、業種ごとに異なります。 労災保険料は、「従業員に支払った報酬の総額×労災保険料率」で求められ、毎月の給与の他に賞与なども含まれます。
【雇用保険】
雇用保険料は、次のように事業ごとに負担率が異なります。
事業の種類 | 労働者負担 | 事業者負担 |
---|---|---|
一般の事業 | 3/1,000 | 6/1,000 |
農林水産・清酒製造の事業 | 4/1,000 | 7/1,000 |
建設の事業 | 4/1,000 | 8/1,000 |
(平成29年度雇用保険料率)
事業者・従業員で負担することになりますが、負担割合が異なります。社会保険料のように折半ではなく、事業者がより多く負担することになります。
1−3.交通費や福利厚生はどうなる!?
従業員にかけるコストは社会保険料や労働保険料の他にも、交通費や住宅手当などの福利厚生費があります。一般的に、交通費は実費支給(上限を設ける場合もあり)で住宅手当は10,000円や20,000円などに設定されます。
仮に交通費が15,000円で住宅手当が10,000円とすると1ヶ月あたり25,000円で年間にすると300,000円のコストになります。
2. 月収30万円の正社員を雇った場合のモデルケース
では具体的に正社員を雇った場合にどの位のコストがかかるのか、月収30万円の従業員を例に考えてみましょう。
<モデルケース>
- ・勤務地:東京都
- ・職 種:自動車部品関連
- ・年 齢:30歳
- ・月 収:30万円
(内訳:基本給270,000円、交通費20,000円、住宅手当10,000円) - ・賞 与:4ヶ月分(年に2回2ヶ月分ずつ)
このケースで①従業員への総支給額②社会保険の事業者負担分③労働保険の事業者負担分④トータルの負担額について見ていきましょう。
2-1 従業員への総支給額
毎月の給与は300,000円なので1年では
300,000円×12ヶ月=3,600,000円
になります。
さらに、賞与を合計で4ヶ月分支給することになるため
270,000円×4ヶ月=1,080,000円
となります。
毎月の給与と賞与を合計し総支給額を求めると
3,600,000円+1,080,000円=4,680,000円・・・(a)
になります。
2-2社会保険の事業者負担分
社会保険料は健康保険料と厚生年金保険料がありますので、それぞれ計算します。
【健康保険料】
月収300,000万円は標準報酬月額が300,000円となるため、それに対する健康保険料は14,865円になります。
年間に事業者が負担する金額は
14,865円×12ヶ月=178,380円
になります。
【厚生年金保険料】
標準報酬月額300,000円の厚生年金保険料は27,450円なので、年間では
27,450円×12ヶ月=329,400円
になります。
よって、社会保険の事業者負担額は合計で
178,380円+329,400円=507,780円・・・(b)
となります。
2-3労働保険の事業者負担分
労働保険には労災保険と雇用保険がありますので、それぞれ計算します。
【労災保険】
労災保険の計算方法は、「賃金総額×保険料率」で求めます。 労災保険料率は職種によって異なり、このケースでは自動車部品関連とありますので「輸送用機械器具製造業」に該当するため、保険料率は4/1,000となります。
よって、労災保険料は次のように計算できます。
4,680,000円×4/1,000=18,720円
【雇用保険】
雇用保険も事業の種類によって異なりますが、このケースでは「一般の事業」に該当しますので、事業者負担率は6/1,000になります。
雇用保険料は次のように計算できます。
4,680,000円×6/1,000=28,080円
よって、労働保険の合計額は
18,720円+28,080円=46,800円・・・(c)
となります。
2-4トータルの負担額
この従業員にかかるコストは(a)~(c)の合計額となりますので計算してみると
4,680,000円+507,780円+46,800円=5,234,580円
となります。
月収300,000万円の従業員に対する年間コストは、単純に×12ヶ月で求められるものではなく、各保険料の事業者負担なども考慮する必要があります。 さらにここでは触れませんでしたが、退職金の積み立てをする場合などはさらに事業者の負担額が大きくなります。
また、従業員が使用する備品などの経費も併せるとさらに負担額が大きくなります。 従業員を1人雇うことは大変なコストがかかるものだということがお分かりいただけたと思います。
3. コストを抑えるためにはどうすればいい!?
正社員の従業員を1人雇うだけで思った以上のコストがかかってしまいますが、出来るだけコストを抑えるコツはないのでしょうか?そこで、人件費を削減するためのコツをいくつかご紹介しますので、一度見直してみてはいかがでしょうか。
【基本給の見直しについて】
基本給について、給与水準の見直しをしてみましょう。毎年一定率で昇給させるよりも、役割等級基準や職務基準で昇給するようにすると、能力に応じて給与を支給することができます。
がんばった分給与支給額が多くなれば、従業員のモチベーションも上がります。
【福利厚生費の廃止など】
業務に関係なく支給される通勤手当・住宅手当・家族手当などの福利厚生費については、支給を見直す企業が増えつつあります。もちろん、一切支給しないというのは従業員としても納得できないこともあるので、支給方法を一時金払いに変えてみてはいかがでしょうか。
例えば、引っ越した時に住宅手当の一時金を、子供が生まれた時に家族手当の一時金を、といった具合に支給する方法です。毎月数万円ずつ支給するよりも、一時金で支払った方が大幅にコストを削減することができます。
【残業時間の管理】
時間外労働をした場合、残業代を支払う必要があります。人件費コストをなるべく減らすためには、時間内に業務を終わらせるよう指導したり、漫然と残業をしないように適正な時間のみを残業として承認することが大切です。
4. 雇用助成金をうまく活用する方法
従業員を雇い入れることは大きなコストのかかることなので、前章でご紹介したようにコストを抑えていくことが大切ですが、「助成金」を活用する方法も見逃せません。雇用に関する助成金はたくさんありますが、正社員を雇う場合には「キャリアアップ助成金(正社員コース)」がおすすめです。
キャリアアップ助成金は、6ヶ月以上継続して雇用している契約社員やパート社員を正社員に登用し、引き続き6ヶ月以上雇用し続けると、正社員1名につき中小企業では60万円、大企業では45万円が支給される助成金です。
この助成金を利用する際は、就業規則に正社員への転換制度を盛り込んだ内容に変更する必要があり、就業規則がない場合は新規作成する必要があります。また、対象となる労働者・対象となる事業主などが細かく定められていますので、活用する際は必ず厚生労働省のサイトで最新の情報を確認するようにしましょう。
具体的に、キャリアアップ助成金の手順の一例をご紹介します。
従業員を雇い入れる際、まず契約社員として雇用契約を結び、その際に「6ヶ月後に事業者・従業員ともに引き続き雇用契約を続けたいと判断した場合は正社員に登用させる機会がある」ことを合意します。
その後「キャリアアップ計画書」を提出し、就業規則(変更を含む)を労働基準監督署に届け出、実際に正社員への登用を行い、助成金を受給します。このようなケースでキャリアアップ助成金を効果的に活用することができます。
5. 採用における注意点など
従業員を雇う際、事業者としてはできるだけ能力のある人材を採用したいと思うことでしょう。そこで、従業員を採用する際に気を付けたい注意点についてまとめました。
【人材育成費がムダにならないようにする】
人材育成には、ある程度の時間と費用が必要になります。正社員として雇用した場合は特に、事業者・従業員ともに長期的な雇用を前提としています。社内教育や人材育成については、時間と費用をかけてじっくりと行っていくことになるため、それに応じたやる気と責任感とを併せ持った人材を採用することが大切です。
せっかく教育・育成してもすぐに辞められてしまったらかけた費用がムダになってしまいます。
【給与について従業員の理解を得る】
従業員に支払う給与は、企業にとっては大きな負担でもあります。なるべくコストを減らすためにも福利厚生費などを削る方法もありますが、あまり削減しすぎると従業員のモチベーションが低下してしまいます。
コスト削減を目指しつつも、従業員のやる気をアップさせる給与体系を作ることが大切です。
【雇用条件の変更について確認する】
パート社員や契約社員などを正社員に登用する際、業務内容などそれまでの職種での雇用条件にはなかった条件がプラスされることが多いです。正社員へ登用する際は、従業員に十分に説明を行い了承を得ることがトラブル回避へとつながります。
また、正社員に登用できるための条件について、明示しておくことも大切です。どの位の労働でなれるのか?登用のための課題や試験があるのか?など、具体的に示しておくことでトラブルを回避することができます。
6.まとめ
従業員を雇うということは大変なコストがかかるものです。しかし、給与体系をもう一度見直したり雇用関係の助成金を利用したりと工夫することで、事業者が負担するコストを削減することができます。
有能な人材を正社員として雇い入れることができれば、企業をより成長させることにもつながります。人材を教育し育成していくのは時間やコストのかかることではありますが、将来有望な人材を自分の手で成長させていくことは、事業者にとっては大切なことではないでしょうか。