経営者にとって、社会保険料の納付は年々負担が増しているといわれています。社会保険は従業員を雇った場合は原則加入しなければならず、従業員数が多くなれば多くなる程企業の負担も大きくなっていきます。
近年は、こういった納付の負担もあり、社会保険に未加入であったり、社会保険料を滞納してしまったりする企業が少なくありません。そこでここでは、社会保険未加入の場合のデメリットや、社会保険料を滞納してしまった場合のリスクや対処方法などについて説明します。
目次
1. 社会保険料とは
社会保険料には、①健康保険料②厚生年金保険料③介護保険料④雇用保険料⑤労災保険料の5つがあります。しかし、一般的に「社会保険料」というと、健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料の3つを指して使わることが多く、これを「狭義の社会保険」といいます。
そして、雇用保険・労災保険は「労働保険」とよばれます。ここでは、狭義の社会保険である健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料について説明します。
【健康保険料】
怪我をした時や病気にかかった時などの医療費を、保険会社に保障してもらうために支払うものです。健康保険料を支払っていれば、安く病院にかかることができる上に、出産一時金や育児休暇を取得することができます。
会社員の場合は、会社と従業員が折半して保険料を負担します(労使折半)。
【厚生年金保険料】
老後の資金として年金を受給するために支払うものです。厚生年金保険料を支払えば、国民年金保険料も支払っていることになるので、老後は老齢厚生年金と老齢基礎年金の両方を受給することができます。
収入が多ければ多いほど保険料が高くなりますが、老後に受給できる年金額も高額になります。
【介護保険料】
40歳以上の従業員が保険料の支払い対象者となります。高齢になった場合など自力で日常生活を送るのが困難になった時に、介護保険を利用して必要に応じた介護サービスを受けることができます。老後の不安を解消するためにも必要なものといえます。
このように、どの保険料もとても大事なものですが、社会保険料はどの位負担することになるのかが気になるところです。そこで、具体的な例を用いて実際の保険料について見ていきましょう。
1−1.月収30万円の従業員の場合、社会保険料はいくら?
それではここで、社会保険料はどの位負担することになるのか、例を用いて確認してみましょう。「月収30万円の従業員の社会保険料」について説明しますが、40歳から介護保険料の負担もプラスされますので、Xさん(35歳)とYさん(45歳)の場合に分けて説明します。
【Xさん(東京都在住、月収30万円、35歳)】
東京都の標準報酬月額表に当てはめて健康保険料・厚生年金保険料を見てみると、次のようになります。
・健 康 保 険 料:14,865円
・厚生年金保険料:27,450円
健康保険料・厚生年金保険料は労使折半で同額を会社が負担することになっているので、納付する金額は
健康保険料は、29,730円(会社負担分は14,865円)
厚生年金保険料は、54,900円(会社負担分は27,450円)
となります。
よって、会社・従業員共に42,315円ずつを負担することになります。
【Yさん(東京都在住、月収30万円、45歳)】
こちらも同じように、東京都の標準報酬月額表に月収をあてはめて保険料を確認します。
・健 康 保 険 料:17,340円
・厚生年金保険料:27,450円
Xさんと月収が同じでも、介護保険料の負担がプラスされるので、その分健康保険料の金額が高くなっています。
Yさんの場合は
健康保険料は、34,680円(会社負担分は17,340円)
厚生年金保険料は、54,900円(会社負担分は27,450円)
となります。
よって、会社・従業員共に44,790円ずつを負担することになります。
1−2.社会保険料を加入しなかった場合どうなる?
もし社会保険に加入しなかった場合、会社にとってどのようなデメリットや罰則があるのでしょうか?
ここでは、考えられる4つのデメリットについて説明します。
【1. 最大2年間遡っての追徴金】
年金事務所から、社会保険未加入の通知を受け取った場合、最大2年間遡って追徴金の支払いを命じられる可能性があります。従業員の数や保険料の額にもよりますが、2年間分を一度に支払うのは経営上大変大きなダメージを受けることになるでしょう。
【2. 法的な罰則もある】
社会保険未加入における罰則は、健康保険法で定められており「6ヶ月以下の懲役、または50万円以下の罰金」とされています。
【3. 有能な人材の確保ができない】
求職者にとって、就職を希望する会社が社会保険に加入しているかどうかは大変気になるところです。もし未加入であることが原因で有能な人材が確保できないということになれば、会社にとって大きな損失となります。
【4. ハローワークで求人を出すことができない】
社会保険未加入の会社は、ハローワークで求人を出すことができません。求人広告に係る費用を押さえたい中小企業にとっては、ハローワークはぜひとも利用したいところです。社会保険未加入のままでは受付してもらえないので、社会保険への加入を条件として求人票を受け付けてもらうことになります。
2. 「社会保険料を滞納してしまった」リスクや対処方法
社会保険料を滞納してしまうと、「差し押さえ」という重大なリスクがあります。ここでは、滞納が続いた場合、どのような流れで差し押さえが行われるのか、またそれを回避するための対処方法について説明します。
2−1.延滞金やその計算方法はどうなる
社会保険料を滞納してしまうと、延滞金を支払わなければなりません。その計算方法は次の計算式で求めます。
「納付すべき社会保険料額×延滞日数×割合÷365日」
納付すべき社会保険料額は1,000円未満切り捨てで、計算で求められた金額は100円未満を切り捨てます。
2−2.滞納から差し押さえまでの流れ
社会保険料が払えなく滞納してしまった場合、最悪の場合財産が差し押さえられてしまいます。保険料の滞納から差し押えまでの流れを順を追って見ていきましょう。
1. 督促状が届く
社会保険料を支払わずに納付期限から1週間程経過すると、「督促状」が届きます。督促状が届いても「まだ大丈夫だろう」と軽く考えてはいけません。督促状が届いてから3週間以内に保険料を支払わなかった場合、「延滞金」が発生してしまいます。
保険料だけでも支払うのが大変なところに、延滞金という余分なものまで支払わなければならなくなります。滞納期間が長ければ長いほど、延滞金も増額されてしまいます。
2. 督促の電話がかかってくる
督促状と同時期かそれ以降に、第2段階として督促の電話がかかってくるようになります。この時、支払えない状況を隠して「○月○日までに支払います」などというその場しのぎの受け答えをしてはいけません。支払えない状況や支払える金額などを正直に伝えることが大切です。
3. 「財務調査」が行われる
督促状を受け取っても督促の電話を受けても保険料を支払わなかった場合、第3段階として「財務調査」が行われます。調査対象となるのは、預金残高・債権・不動産などで、事務所や経営者の自宅に調査員が来ます。
財務調査を受ける際は、調査員からの質問には正直に答えることが大切です。もしウソをついたり財産を隠したりなどを意図的に行ったことが発覚すれば、罰金や刑罰の対象となる可能性があります。
4. 強制捜査される
財産調査によって財産を確認することができなかった場合、第4段階として「強制捜査」に入ります。第3段階の財産調査とは違い、強制捜査はその名の通り強制的に調査をされるため、断ることができません。
強制調査は経営者のみならず、関係者の自宅まで調査対象となり、金庫や棚など家中の隅々まで徹底した調査が行われます。また、強制捜査が入ったとなれば、社員の不安感をかきたて、会社への信用問題にも大きく関わってしまいます。
5. 捜査を行い、差し押さえる財産があるとなれば、最終段階の「差し押え処分」に入ります。
差押えの対象となるのは、現預金、不動産、売掛金、有価証券、保険金などです。
以上のような流れで滞納から差し押えの手続きが取られます。「差し押さえ処分実行」というような事態にならないように、早めに対処する必要があります。
2−3.滞納した際の対処方法とは
では、差し押さえ処分になってしまう前に、滞納した時点でできる対処方法について説明します。対策は早ければ早いほど功を奏しまので、その具体的な対処方法を見ていきましょう。
【「分納」について相談する】
社会保険料を一括で支払うのが厳しい場合には、分割して支払う(分納)にしてもらうよう相談します。分納にしてもらえるには、正当な理由が必要になりますので、以下の3点について正直に伝える必要があります。
・社会保険料を支払えない理由
・「必ず支払う」という気持ち
・「毎月支払える金額の提示」などの納付計画
【社会保険料の支払いを優先的に】
社会保険料の支払いに困っている場合、銀行などへの返済も滞っていることが多いです。この場合、社会保険料の支払いを優先させる方がいいでしょう。というのも、銀行への返済が滞っているとしても、銀行には自力執行権がないため、すぐに差し押さえをすることができず、裁判の手続きをとる必要があります。
一方、社会保険料は国税徴収法に則って行われるため、自力執行権のある税務署は、早い段階で差し押さえをすることが可能だからです。差し押さえの時間を考えると、社会保険料の支払いを優先的に行った方がいいといえます。
【健康保険と厚生年金を脱退する】
これはできればやらずに済ませられる方がいいのですが、どうしても経営が成り立たなくなってしまったら、現在加入している健康保険と厚生年金を脱退するという方法もあります。
従業員からするとなかなか納得できることではないかもしれませんが、このまま加入し続けると会社が倒産してしまう危険性が高くなるのであれば、納得してくれるかもしれません。
「経営が上向いてきたらまた再加入する」ことを約束し、従業員に気持ちを込めて謝罪しながら伝えるようにしましょう。ただし、これまでの滞納分はしっかりと支払わなければなりませんが、脱退することにより今後の会社負担は大幅に少なくなるでしょう。
3. 実際に差し押さえをされた企業とその末路とは
差し押さえが実行されてしまうと、現金・預金・不動産・有価証券などがその対象となることはすでに述べました。これらが差し押さえられてしまうと、事業が成り立たなくなり、やむなく倒産してしまう企業が少なくありません。
中小企業では、銀行などから融資を受ける際に社長が連帯保証人になるケースがほとんどです。そのため、会社が倒産してしまうと社長も「破産」してしまうケースが多くみられます。会社の経営状況が困難になってくると、社長は自宅などを抵当に入れて銀行などから融資を受け、資金繰りにあてます。
会社が倒産してしまうと、社長には残された財産がほとんどなく、最悪の場合夜逃げや家族離散という悲しい結末が待っているケースも少なくありません。このようなケースに陥らないためにも、社会保険料の支払いに困ったら、早めに相談し対処することをおすすめします。
4.まとめ
社会保険料の支払いは経営者にとって負担の大きいものであり、保険料を滞納してしまう企業が少なくありません。しかし、社会保険料の半分は従業員から一時的に預かっているものなので、それをきちんと支払わないということは、本来あってはならないことです。
社会保険料の支払いが困難な場合には、早めに分納払いの相談をしたり、差し押さえを回避するためにも社会保険料を優先的に支払うようにしましょう。もし心配であれば、税理士や専門のコンサルタントに依頼して、早め早めの対策をとってみてはいかがでしょうか。