「ブラック企業」なるものが深刻な社会問題となってから久しく経ちました。現在(2017年)もなお、国は「ブラック企業対策」としていろいろと策を講じています。
労働者側にとって、自分の命と健康を守るために、人生を棒に振らないために、社会に向かってブラック企業撲滅を訴えるのは自然の摂理と言えるでしょう。一方、企業側にとっても「ブラック企業」のレッテルを貼られると、いろいろの重大なリスクへと発展するため十分注意したいところです。
本稿では、労使双方が「快適な労働環境を目指す」という前提に立って、企業側が注意すべき「ブラック」について解説して行きます。
目次
1.ブラック企業とは
「ブラック企業」という言葉は、2000年代半ばから使われ始め、2008年のリーマンショックを契機とした深刻な金融危機不況(就職難)を迎えるあたりからメディアで盛んに聞かれるようになりました。
1−1. どんな会社がブラック企業と言われるのか
一般的に世間では、次のような会社がブラック企業(ブラック会社)と言われています。
- 従業員(労働者)に過酷な長時間労働をさせる。過酷なノルマを課す。
- サービス残業をさせる(せざるを得ない環境にする)。
- パワハラで精神を追い詰める。
- 上記1.~3.の環境を意図的に作り出し、戦略的に従業員の選別(使い捨て)を行う。
しかし、厚生労働省は「ブラック企業」という言葉を使わず「若者の『使い捨て』が疑われる企業等」という言葉を用い、いわゆる「ブラック企業」について明確な定義をしているわけでありません。
1−2. ブラック企業と言われないために
まず、企業(使用者)側が労働基準法というものをよく知って遵守に努めることが重要です。 前述のとおり、「ブラック企業」という言葉は明確に定義されているわけではなく曖昧なものです。つまり事象を受け止める主観の問題です。
たとえばサービス残業について、企業(使用者)側が「昔からの社風だから・・・と思っていても、働いている側では「非道な・・・」と「ブラック企業」の風評を立てられることは十分あり得ます。
2.厚生労働省が公表したブラック企業
2017年5月10日、厚生労働省は、いわゆる「ブラック企業」334件の企業名を一斉に公開しました。
※表題を「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として、各都道府県の労働局が公表した際の内容(以下のとおり)。
- 企業名または事業場名称
- 所在地
- 公表日
- 違反法条(〇〇法〇条)
- 事案概要(どのような行為で法令違反となったか)
- その他(送検日)
参照:厚生労働省HPより
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/170510-01.pdf
2−1. ブラック企業公表の基準とは
2017年1月20日、厚生労働省は新しい通達を公開しました。
件名は「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」
参照:厚生労働省HPより
お役所の通達は非常に読み辛いものです。通達に書かれているブラック企業公表の基準を簡略化しますと、
対象とする企業とは
まず複数の事業所を持つ社会的に影響力の大きい企業を対象とすることが大前提となります。それらの企業の中で、以下のいずれかの企業になります。約1年の期間に2箇所以上の事業所で次の実態があること。
- 月80時間の残業をしている従業員が1つの事業所で10人以上又はその事業所の4分の1以上いて「労働時間関係違反」があるとして是正勧告を受けていること。
- 月80時間の残業をしている従業員ついて過労死等に係る労災保険給付の支給決定事案があり、「労働時間関係違反」の是正勧告を受けていること。
※上記は労働基準監督署長指導によるもので、労働局長(労働基準監督署の上級庁)指導によるものは微妙に基準が異なります。
2−2. リスト一覧の共通点
この度(2017年5月10日)の各都道府県労働局の公表につきましては、2017年1月20日の通達の趣旨に基づき、社会的に影響力を持つ企業を対象として改善を図る趣旨に沿っていますので、大手企業もあれば中小企業もある。また、業種も様々ということではないでしょうか。従前までは公表するか否かは各労働局に運用を任されていたようです。
各局リストを一斉に公表したことにより、労働基準監督署(労働局の出先機関)の是正勧告を軽んじていた企業を牽制した効果は大きいと思われます。
3.ブラック企業と公表されてしまった場合
前述のとおり以下の内容が公表されます。
- 企業名または事業場名称
- 所在地
- 公表日
- 違反法条(〇〇法〇条)
- 事案概要(どのような行為で法令違反となったか)
- その他(送検日)
労働基準関係法令に違反する事案(内容)が公表されます。たとえば、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法などに抵触する場合に該当します。
具体的な例として、平成29年5月10日公表で多かった事案内容は
【労働安全衛生法違反】で
- 安全帯を使用させることなく労働者に高さ3.9mの高所作業を行わせた。
→ 労働安全衛生法第21条・労働安全衛生規則第519条違反
その他、【最低賃金法違反】の場合
- 労働者10名に2か月間の定期賃金合計約1,349万円を支払わなかった。
→ 最低賃金法第4条違反
【労働基準法違反】の場合
- 労働者1名に、時間外・休日労働に関する協定の届出なく時間外労働を行わせた。
→ 労働基準法第32条違反
3−1.考えられる影響
まず法的な影響としては、従業員から損害賠償を求められることが考えられます。具体的な金額が裁判で争われることになり、裁判に費やされる金額や時間は企業にとって不慮の事態(浪費)となります。
次に「風評被害」により企業に深刻な事態をもたらすリスクがあります。風評が風評を呼び、小売、サービス業にあっては、お客さんが遠ざかることによって売上が激減するでしょう。
また、就活をしている学生に悪評が拡がれば有能な人材を確保できなくなり、長期にわたって企業に致命的な弊害をもたらすでしょう。現在の若者の価値観が「お金」から「時間」に変わりつつあることは、メディアの発信からも伺えます。
3−2. 対策
対策としては、まず、労働法(労働に関する法律の総称)というものをよく知っておくことが重要です。従業員に時間外労働を指せる場合は、事前に労働基準監督署に届け出なければなりません。
たとえば、残業時間は月どのくらいまで定めればよいのか?残業の割増賃金は? 労働基準法の規定に違反しないよう注意しなくてはなりません。
参照:厚生労働省HPより http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000123090.pdf
また、労働基準法に加え、労働安全衛生法、最低賃金法などの基本もきちんと掌握してから雇用契約書、就業規則などを整備しておくことが重要です。セクハラやパワハラについては、受け止める側の主観にも大きく影響されるので、社内で労使を含んだ研修を積極的に行い、全員が共通の認識を持つようにすることが肝要です。
※労働基準監督署の調査には「定期監督」と「申告監督」とありますが、「申告監督」従業員からのいわゆる「チクリ」です。日頃からスキのない体制を整えておきましょう。
4. まとめ
日本で、これだけ「ブラック企業」が騒がれているのに、まだこの問題がくすぶっている理由として、いくつかの見方が考えられます。
歴史的に、日本で「終身雇用制」が定着していた時代、いわゆる「愛社精神・滅私奉公」によるサービス残業などが「暗黙の合意化」されていた習慣が、バブル崩壊後も無意識のうちに引き継がれていった。リーマンショック後も長引く不況で、企業側の財務的防衛手段としてさらにこれに拍車が掛かっていった・・・など。
しかし、これからは企業は注意が必要です。労働法つまり行政法は強行法規です。法の条文末尾に「・・・せねばならない」があったらそれに反する行為は違法行為となり、前述の「ブラック企業一斉公表」となり「送検」という事象も露呈されることになるのです。注意しましょう。